東京GEO-SITE PROJECT4
TOKYO GEO-SITE PROJECT 4
地図にない東京の未来を感じる
地底物語最終章
刻まれた軌跡の全貌
東京ジオサイトプロジェクト制作委員会
国土交通省 東京国道事務所
@日比谷交差点→虎ノ門 2005.08.27-28 1000-1600

1220頃到着。しかーしすでに長蛇の列。まあ行列は想定の範囲内。50m程度だったものの気づいたらうしろにずずーんと。この時点で2時間待ちの手書きPOPが。
単純明快に言えば、「人を捌くことに慣れていない」
そもそもハンドマイクをもって何か言いながら通り過ぎるけど、早すぎて聞き取れない。それにスタッフが全員きちんと統一の腕章なりIDなりを下げていないので、「こいつ何者だ?」状態なのはまずいですね。

芳名帖に書いてヘルメットに貼る番号ステッカーをもらい、今回はことごとくショルダーのビニール袋に手持ちのものは入れろ、もしくは預けろ…がうるさかった。ウエストバッグクラスはあの袋に入れるよりそのまま装着しているほうが安定しているんですけどね。積極的に預けろとも言わないし。デジカメ類はストラップを必ずしろとの指導もなかったので、なんか中途半端だったなぁ。
今回の進入口も、日比谷地下と同じ交差点の向こうの「分離帯」の島の部分。

入ると底面までは降りれずに、壁際の通路を通って穴の近くへ。穴の近くには浸水防止のフェンスが作られていました。
穴にはピニオンギア式エレベーターが設置されていました。階段じゃなくてこれで降ります。

穴の底には、掘削に使った歯が。貫通した直後はピカピカなものだったけど、直後からどんどんと錆びてこのような状態になりました。

穴!
向こうからこっちに抜けてきました。

セグメントの最後の部分と貫通部の残りの部分の間は、シールドマシンの外殻をそのまま残して終了です。
この部分のセグメントは鋳造の高価なものです。この辺の地盤の関係で丈夫なものが要るそうで。

この部分は鋼鉄製のセグメント。曲線部とか、あとで取り付け部分とかを作る部分に使います。

ピカチュウ2号 セグメントや資材の運搬用電車が2台(ピカチュウ1号も居る)時速8キロ程度なんだけどやっぱり事故が起きやすいので横の通路から軌道側へ入るところには「指差し確認」の扉が。
※追記:やっぱりピカチュウ号について
直撃取材(笑)をしている人がいました。ごれでピカチュウの謎がとけました。なーるほど。

虎ノ門立抗に貫通。
虎ノ門側の緩やかな付近はいわゆるセメント系のセグメントが埋まってます。

虎ノ門側からピカチュウの軌道に沿って

抜けた空間に、前日の音楽会の青い舞台が置いてありました。発進式の時には梁の上のほうに舞台がありました。(ひそかに跡が残っている)出たところの地底学芸員さんと結構長くお話していました。
投影ムービーで、マシンの製造とか、運搬、搬入、発進式、そして貫通の映像とかを見ることが出来ました。たぶんこのように全体を網羅したシールド工法の資料映像ってこれぐらいしかないんじゃないでしょうか?
日比谷側は、モルタルで固めた厚みの中まで掘ったところでおしまい。残りは日比谷側から崩して貫通ということだそうです。
発進の時にはピニオンギアエレベーターは、第三かまち梁まででしたが現在は下まで通ってます。でも麻布共同溝でのギャラリーへ行く順路なので、螺旋階段で上ります。
登った梁から穴を見る。

上のフロアに上がってからアンケートなどを記入し、地上にもどってヘルメットを返却しておしまい。
おつかれウサ!
blog容量の関係で、こちらはダイジェスト。別立てで、拡大可能なのを作成掲載。
どうしても手ぶれ写真が多いですね。
追記:
R.25の記事になったりしたのでさらに人数が増えたということのようです。
27日 1145人、28日 1565人というのが公式発表です。
手前味噌
2004.04.24 東京ジオサイトプロジェクト2「沈黙のシールドマシン展」(まだ主力がBLOGじゃなかった頃)
2004.08.07 東京ジオサイトプロジェクト「日比谷地下空間視察団」
2004.08.07 東京ジオサイトプロジェクト「日比谷地下空間視察団」連携 写真片っ端から
2005.08.27 東京ジオサイトプロジェクト4「トンネルウォーク」
2005.08.27 東京ジオサイトプロジェクト4「トンネルウォーク」連携 写真片っ端から